南高1回生は大方60歳を迎え、人生第4幕目、程度の差や違いこそあれ悠々自適の円熟の舞台に上がる時期となった。私はというと、生活の糧をえていた仕事を後先考えずに辞めようとふと思ったのは、9年前の、まさしく50歳になったその日だった。それまで食べるのに追われてただひたすら働くだけの人生だったのだから、蓄えなどあろうはずもなかった。しかしながら、幸か不幸か当時のバブル崩壊でビジネス界は、私ごときの復帰を受け入れてくれる余地などなかった。
これを機に教育への転職を真剣に考えた。市場は冷え切っていて、それまで“暗い”というイメージで相手にもされなかった「福祉」に、介護保険((つまり介護の市場化)の話題が持ち上がっていたことから、市場の関心が集まっていた。福祉は市場に注目され、同時に担い手の養成が要請されていた。長い間、地味に片隅で育んでいた福祉教育界が俄然脚光を浴びたるようになったのだ。南高卒業後、「福祉」の大学に進学した私は、当時周囲から“奇特な人”だと思われていたようだが、今や時代が求める普通の人になっていたのだ。数十年の回り道をして福祉の世界に戻り、教職に就くための勉強に3年間という期間を費やした。福祉といえども学問の世界は、長いこと離れていた人間をやすやすと受け入れてくれるほど生易しいものではなく、焦りもあって精神的にも経済的にも不安定な時期を過ごした。乗り越えさせてくれたのは、まさしく友人たち、同窓生、息子だった。
今年7年目の教師生活。宮崎県にある大学、山口県にある大学を経て昨年、我が家のある横浜をちょっと行き過ぎてしまって、千葉県の大学に赴任した。今まさに次なる舞台のために、毎日必死に稽古しているといったところだ。振り返ってみると、これまでの人生、いつも次なる舞台のための予行演習、助走だったような気がする。
“今”のための助走だったのだ。だからこそ人は未完の“今”を、未完だからこそ生きるのだろう。
4幕へ、ただいま助走中。
井上由美子(1回生・城西国際大学教授)