3017
長崎南高校関東同窓会
これまでも、東京で出会ったいろんな人に、「長崎には行ったことがあるんですよ」と言われたことがある。そこで、「どこに行ったんですか?」と訊くと、やはり有名な観光地の名前が挙がり、「あそこからの景色は、最高でしたよ」などといわれてしまう。正直なところ、あんなところに行って何が愉しいのだろうかと、地元の人間としては思うのだけれど、では自分が見知らぬ街を訪ねた場合・・・、函館で、五稜郭に行かなかったか?京都で清水寺に行っていないか?と振り返り、「最高でした」という彼らの返答に、「ああ。あそこからはきれいに港が見えますからねぇ」などと、つい相槌を打ってしまうのだ。
 ただ、このときの記者は、実際、観光スポットを訪れていないこともあって、「しかし、
あれですねえ、長崎の花屋さんというのは、実にきれいですね」と言う。
 一瞬、長崎の花がきれいだと言っているのかと思い、「そうですか?ぼくにはあんまり変わらないように思いますけど」と首をひねると、「そうですか?どの花屋さんも、花のレイアウトにセンスがあるというか、とにかく店全体が花束みたいで、きれいじゃないですか」と言うのだ。
 「長崎のどの辺に行かれたんですか?」とぼくは訊いた。
 記者の口から出てきたのが、この思案橋近辺にある飲み屋街の地名だった。
ぶたまん屋「桃太呂」の店先に、弟の友人はいないようだった。別の職人さんが、大きな蒸し器のふたを取り、そこから立ちのぼる真っ白な湯気を顔に受けながら、蒸し上がったばかりのぶたまんを掴みとる。白い湯気が、店先から迷路のような細い飲み屋街の路地へと流れ出る。この辺りの路地には、スナックや小料理屋の看板がまるで鮮やかな紙ふぶきのように並んでいる。夜になれば、このすべての看板に明かりが灯り、昼間はひっそりとしたこの路地も、酔客の賑やかな声で満たされる。
 いくつ買ったのか、弟がその路地を大きなビニール袋を抱えて歩き出していた。まだ閑散とした路地の先に、また別の小さな花屋が見える。
 この界隈を通り抜けると、とつぜん細く急な坂段が現れる。くねった坂段は、その先がどこまで続いているのか分からない。
 細く急な坂段は、いつしか石塀の続くまっすぐな坂道になり、等間隔で立てられた電柱を目印にでもするようにして、ぼくらは上へ上へと足を運ぶ。
 坂道にしがみつくように建ち並ぶ民家のあいだを、右に曲がり、左に曲がりしているうちに、方向感覚がなくなって、自分がどの辺りから上がってきたのか分からなくなる。坂の先に、また別の坂がある。その坂の途中から、また別の坂が伸びている。
 坂の途中で振り返れば、ついさっきまで自分たちがいた界隈が見下ろせる。ほんの五分かそこらしか上がっていないのだ。どれほど急な坂だったか、改めて思い知る。
 昔はよくこの坂道を、全力疾走で駆け下りていた。全体重のかかるつま先は、汚れた運動靴のなかでつぶれ、ちょっとでもバランスを崩すと、そのまま転がっていきそうだった。それでも全力疾走で駆け下りていた。大きく踏み出す一歩が爽快だったし、頬に当たる風が心地よかった。
 
長崎 「坂段のその先へ」  (2)