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長崎 「坂段のその先へ」 (1)
長崎南高校関東同窓会
あれはいつだったろうか。二歳違いの弟と道を歩いたことがある。言葉にするとふつうのことだが、男兄弟というものは、ふつう、一緒に道など歩かないものではないか、とも思う。
長崎には未だ路面電車が走っている。というよりも、長崎で「電車」といえばチンチン電車のことで、実際の電車に乗るときには、のんびりと「汽車に乗る」などと言う。
市内には四本のチンチン電車の路線が伸びている。日見峠の麓にある「蛍茶屋」を起点に、赤迫行き、正覚寺下行き、石橋行きの三路線、そして最も港に近い場所を走る赤迫―正覚寺下路線。この四路線で市内の観光スポット(たとえば、グラバー園、出島、平和公園)などは、すべて回れるのではないだろうか。
長崎は三方を山に囲まれた港を中心に広がっている。いや、平地がほとんど存在しないので、広がるというよりも、囲む山々を這い上がるように無数の坂道が伸びているといってもいい。子供のころは、この様子を殴られて凹んだ顔のような地形だと思っていた。 ただ、殴られているわりには、なんとも美しい景観だ、と。
電車を降りたのは、思案橋の電停だった。弟が二人分の料金を払って先に降り、そのあとにぼくが続いた。市内でも特に賑やかな場所なので、ほかにも数人の客がそこで降りたと思う。
都会の駅にあるホームと違って、チンチン電車からは、車道のまんなかに設けられた平べったい縁石のようなところに降りる。なので電車を降りた乗客たちは、車道のまんなかで信号が変わるのを待たなければならない。変わってやっと、横断歩道を渡ることができるのだ。
電停で信号を待っていると、「ぶたまん、買って帰ろうか?」と弟が言う。弟の友人がこの近所にある「桃太呂」という有名な店で職人をやっていた。長崎に帰省するたび、ぼくはこの肉汁たっぷりのぶたまんを食べる。
返事をしたわけではなかったが、信号が変わると、弟は「桃太呂」のほうへ歩き出していた。
思案橋の交差点には、小さな花屋があった。たしか、ぼくが暮らしていたころは、ダンキンドーナツだったような気もするのだが、さすがにもう十五年以上もまえのことなので、はっきりとは思い出せない。ただ、思案橋の交差点には、ドーナツ屋のチェーン店よりも、小さな花屋のほうが似合っていることはたしかだ。
三年ほどまえになるが、当時、住んでいた荻窪の古い喫茶店で、ある新聞の取材を受けた。「熱帯魚」という二冊目の本を刊行したばかりで、取材にも、写真撮影にも、まったく慣れていなかった。よほど緊張しているように見えたのだろう、記者の方が、「つい先月、長崎に行ってきたんですよ」と、そんな話を始めてくれた。
「お仕事ですか?」とぼくが訊くと、「ええ、そうなんですよ。仕事だったので、名所、旧跡、まったく回れませんでした」と笑う。
一瞬、「長崎は、観光スポット以外の場所がいいんですよ」と、教えてやろうかとも思ったのだか、「じゃあ、それはどこですか?」と訊かれた場合、うまく説明できないような気がしたので言えなかった。